三条公と石穴さま

時は幕末、尊王攘夷派の公卿五人が、太宰府の地に身を寄せます。その公卿たちの筆頭が、三条実美公です。

太宰府天満宮の延寿王院に滞在していた三条公ですが、ある日大事な太刀を紛失してしまいます。困り果てた三条公とその従者は、石穴稲荷神社を参拝し、所願成就のご祈祷を行います。

すると、たちどころに太刀は現れ、ご神徳のおかげを頂いた三条公は、その御礼として幣帛を奉納し、その後も五卿らとたびたび石穴の地を訪れ、花見などの宴を開いたと伝えられています。

その後、明治維新が起こり新政府が誕生すると、三条公は太政大臣として近代日本の基礎を創り上げられました。三条公は没後、京都御所のすぐ近く梨木神社に祀られ、今も日本の行く末を見守り続けていらっしゃいます。

三条公が供物を入れて、石穴稲荷神社に奉納した唐櫃(からびつ)は、ご神徳を伝える貴重な史料として、現在も大切に保管されています。